【プロフィール】

◆心と身体と夢の相談室を開業
 心理カウンセラー
 中野 祐子
 神奈川県相模原市緑区在住

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電話カウンセリングが中心です。
対面カウンセリングもおこなっています。
 
・1人じゃないと感じていただきたい。
・少しでも笑顔を取り戻していただきたい。
・安心感を手に入れていただきたい。
・自分に自信が持てるようになっていただきたい。
・勇気が湧き、自分らしく
生きられるようになっていただきたい。  

 
そんな願いから、
日々、取り組んでおります。
 
※その他
精神科にかかりたいけれど、
薬に対して不安に思うとよく耳にします。
受診前の不安についてご相談いただけます。

 
 

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◆その他の勤務先
 
赤坂こころのクリニック「ケイローン」
http://www.akasaka-cheiron.com/

水曜日と金曜日の週2日
心理カウンセリング担当。
 
ここでは、院長の判断で、
心理カウンセリングが必要と
思われた方を中心に面接しております。
 
当院では、
医師とカウンセラーが連携しており、
患者様をサポートする体制ができている、
素晴らしいクリニックです。
 
院長は、薬について勉強を怠らず、
なるべく多剤にならないように、
心がけているドクターです。

   
 

 

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【その他の活動/資格】

◆神奈川県相模原市
◆東京都小平市
子育て支援サークル・心と身体の整体教室を主催
2014年までの11年間にわたり、
季節に合わせた心身のケアに取り組みました。
子育て中のママさんと女性が会員で、その家族と知り合いの方々、
100名以上の身体に触れて、じっくりとお悩みを聞いてきました。

(活動の主な内容)

・季節に合わせて変化する心と身体と夢の関係性
・生理を味方につける方法
・子育てにおける潜在意識教育
・ママの手はホームドクター救急操法・手当法
・身体症状と会話する取り組み

◆東京都小平市プレイセンターピカソにて
乳幼児のママたちに講座を不定期で開催

◆2013年臨床ホリスティック/トランスパーソナル
上級カウンセラー取得

◆2011年日本プロセスワークセンター
初級セラピスト取得

◆1996年に整体に出会う

  

  

【心と身体と夢を扱うカウンセラーになった理由】

 

【運命と悲しい別れ】

心と身体と夢を扱うカウンセラーになった理由は、
運命と悲しい別れがあったからです。
 
◆運命とは、
兄の代わりとして生まれたこと

◆悲しい別れとは、
子供の頃に、母と祖母が他界したこと

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

◆運命

私の育った家では、
第1子は男の子。
第2子も男の子。
第3子が私です。

第2子の兄は、
生後1週間で亡くなりました。

私は
その代わりに誕生したのです。

この経緯について父は言いました。

「男の子を希望してたから、
 女の子でガッカリしたよ。」

「はじめは可愛く思えなかったけど
 今は女の子で良かったと思う。」

「お前は、お兄ちゃんが死んでしまったから、
 この世に生まれてきたんだ。」

父は、
わたしが生まれた経緯と本音を明かしました。

  
 
父は、
愛情表現のつもりだったようでした。
  

そして
命の尊さや運命の不思議さを
伝えたかったのです。

 
なぜならば、
父自身がとても数奇な運命を辿り、
ご縁によって生かされた人だからです。

 

しかし
子供だったわたしは混乱していました。
  
・存在するはずがなかった子供
・死んでくれた兄に感謝しなきゃ
・男の子じゃなくてごめんなさい
・父に喜ばれるように頑張らなきゃ



わたしの中で、
変なスイッチが入りました。

  

◆悲しい別れ

悲しい別れは
人生を変えてしまいます。

 
母は、
わたしが小学生の時に
調子が悪いと訴え、
そのときには末期の胃ガンでした。

手術をした日は、
忘れもしない私の誕生日。
  

手の施しようもない状態で、
余命宣告は、
2週間~1ヶ月でした。
 

もともと
母は鬱的っぱかったのでしょう。

常に控えめで、
言葉も極端に少なくて、
小さな声の人でした。
  

そして、
わたしに対して愛情表現ができない人でした。
 
 

わたしはよく不安になり、
「私のことを好き?」聞きましたが、
答えてもらったことはありません。

一度も
「好きよ」と言って、
抱きしめてもらったことはありません。

そんな母に
嫌われていると思い込み、
幼少期を過ごしました。

 
そんな母が、
亡くなり途方にくれました。


 

わたしが
良い子じゃないから死んじゃった。
母に意地悪したから死んじゃった。
罰があたった。

 
誰にも打ち明けられずに、
さまざまな感情に押しつぶされました。

 
いくら泣いても、
日常は変わらず、日常をこなすしかありません。

 
1人で頑張る癖は、
この時期に強化されました。

 
母の死から3年後、
同居していた祖母も自宅で亡くなりました。

3年間で、
2人の家族を失う体験は、
心と身体に辛くのしかかったのです。
 
 

もともと繊細な面があった私は、
母と祖母の死を目にして、
死を意識するようになりました。

生きている人
死んでいる人
 

生と死の境界線を
強く感じてしまったのです。

そんな私が、
生きてこれたのは、
1人の教師が支えてくれたからです。

この教師の名前は
『鳥山敏子先生』と言います。
(東京賢治の学校を立ち上げた方です)

鳥山先生は
母の葬儀に参列した直後に、
長い手紙を書いて投函してくれました。

この手紙によって、
わたしは勇気づけられました。

鳥山先生は
母の死からずっと、
わたしを見守り続けてくれたのです。

どんなときも、
わたしのことを1人の人間として、
まっすぐに受け止めてくれました。
 

だから
生きてこれたのです。
 

私は大人になって、
心に強く思いました。
 

ひとは
この世でたった1人でいいから、
自分を信じてくれる人、
身守ってくれる人がいると生きていけんだ。

  
私も信じて見守る人になりたい!

そう思ったことが、
心と身体と夢を扱うカウンセラーになった理由です。  
  

  

そして、
私が心と身体だけではなく、
夢を扱う理由は、
わたしは幼い頃から強烈な夢を見ていたからです。

そしてもう1つ、
口数の少ない母が、
死ぬ数か月前から、
多くの夢を語ったからなのです。

母は、
告知をされていなかったのに、
死を予告する夢を報告していました。

私自身も、
予知夢を何度も見ています。

ですから
心と身体だけではなく
夢を扱うカウンセラーになりました。

私が
心と身体と夢を
扱うカウンセラーになった理由は
運命と悲しい別れがあったからなのです。

 

【最後に】

最後までお読みいただき感謝します。

1人で頑張っても、
自分らしく生きられないときは、
一度、ご相談ください。

勇気をもって、
専門家を頼ることができたら、
新しい生き方が見えてきます。

私は、
自分の経験を生かした
オリジナルのカウンセリングをおこないます。

私にしかできない、
心と身体と夢から届く
メッセージの受け取り方をご提案します。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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